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芥川龍之介「蜜柑」をお届けします。
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大正8年、5月に『新潮』発表にされた作品。
<注釈より>
★横須賀発上り
芥川は、1916(大正5)年12月から1919(大正8)年3月まで、英語の嘱託教官として横須賀海軍機関学校に勤務しており、下宿のある鎌倉からの通勤や帰京の折に、横須賀、大船間の横須賀線を利用した。
当時、横須賀から鎌倉まで30分、横須賀から東京までは2時間だった。
「上り」は東京行。
「横須賀」は、当時日本随一の軍容港として海軍の拠点であった。
<本文より抜粋>
するとその瞬間である。
窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったかと思うと、忽ち心を躍らすばかりな暖かな日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。
私は思わず息を呑んだ。
そうして刹那に一切を了解した。小娘は、おそらくはこれから奉公先へ赴こうとしている小娘は、その懐に蔵していた幾顆の蜜柑を窓から投げて、わざわざ踏切りまで見送りに来た弟たちの労に報いたのである。
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私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、退屈な人生を僅かに忘れる事が出来たのである。
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【本の紹介】